歯医者通いの歴史と私の口内

子供の頃、食べ物の味を、口の中に残したままでいることが、好きだった。

歯磨きをしてしまうと、口の中の味が、なくなってしまう。
歯磨きをせずに、口の中が、食べ物の味がする状態に、妙な安心感があった。

400253子供の頃の私には、まだ、歯という自分の素材を管理するという発想は、生まれていなかった。
歯磨きをすることもあれば、しない時もあったし、
上記の様に、食べ物を食べた口内を、放置することも、多かった。

放置することで、何が良く無いかも、あまりわかっていなかった。食後に、歯を磨かないで、放置していれば、虫歯になる。虫歯になって、自身の歯から痛みがあって、歯医者に、通いだしたか、定期的な歯の検診や、家族の誰かの検診と一緒に歯医者に行くことなどから、私の歯医者通いが始まって行ったのだろうと思う。

幼い頃の私は、歯医者さんに行くということは、耳障りな不快な機械音、その機械音が鳴る治療時の痛み、即ち、音と痛みに怯え、耐えることをしに行くということ、歯医者とはそういう場所なのだと、歯医者に行く回数を重ねるごとに、認識する。

また、ルーチンワークとまではいかないが、歯医者は、通うものなのだとも、段々と、知ることになる。口の中に、何箇所も、治療する箇所があった場合は、通院が1回では終わらず、治療する箇所が無くなるまで、通院が続くことが多いということ。

その度に、今日は、あの不快な音があるか、痛みがあるのかと、怯え、痛みのある治療であれば、その痛みに、耐えなければならない。

その様に、何度も、歯医者に、お世話になるにつれて、段々と、白い詰め物をされたり、銀色の被せ物をされたりと、自分の口内の様子が、自分の白い歯だけでは、なくなってきた頃、では、虫歯ってどうしたらできるのかと、食べ物を食べた歯を、どのくらい磨かないで放置したら、虫歯は出来るのかと、
わざと虫歯を作っていたこともある。

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